どんなものにもタイミングというものが存在しますが、最近は多様な締め切りのタイミングが重なっててやばいです。なぜタイミングというのは偏りがあるのでしょう。ゲーム制作において偏りが激しい乱数は修正するべき要素なのでデバッグするべきだと思います。
ええ、そうですね。人生はC#言語で書かれてないので無理ですね。おとなしく締め切り守ります。
そんな中で収録した今回の亡霊横丁のアトリエ。間に弾き語りの配信も挟んだりしましたが、そちらの方面でも少しずつ理想の形が整いつつあります。僕が将来隠居する場所はここなのかもしれません。
『正しい変化ってなに?』
正しい、という定義が非常に難しくはありますが、まぁいつものように時計塔プロジェクトをやっていく中での変化について書いていければと思います。
動画の冒頭でもお話はしましたが、前提として、一個人としてはあまり変化を好まない人間だったりします。中学~高校時代で自分の人格を形成していくなかで、そこで形づいた価値観や人格が自分のなかでしっくりきてしまい、そこから自分自身はほとんど変わっていないように思えます。考え方も、価値観も誤差はあれどずっとそのままです。社会的にはあまりよくないかもしれませんが、僕としてはこの"吉岡大地"が一番過ごしやすい。とまぁ、ここを深堀りしていくと本論から外れるのでまたの機会に…。
さて、そんな僕ではありますが、こと時計塔プロジェクトにおいて、変化というのはポジティブな意味合いを持っており、し続けなくてはならないものだと考えています。
とはいえ、ただ変化すればよいというものではなくて、良い変化と悪い変化をしっかりと線引きし、今まで変化をしてきました。
良い変化というのは、あくまでもこのプロジェクト内におけるものですがニュアンス的には"変遷"に近いもので、過去の作品や思想、やってきたことをしっかりと踏襲したうえでブラッシュアップをする、アップデートをしていくようなものが良い変化なのだと思います。
逆に悪い変化として、上記のような変遷の文脈を一切無視した全く新しいことをする、というのを悪い変化だと定義(というと堅苦しいですが…)しています。
亡霊横丁のアトリエなんかは唐突で全く新しい変化だという印象を持たれるかもしれませんが、発想の大元は『時計塔の街にて』という"作品"から来ているので、流れ的にもしっかりつながりがあります。
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さて、そんなプロジェクトにおいて、一貫して大きく変化させ続けてきたことが一つあります。それは、僕自身の技術や知識の蓄積です。
これに関しては、あればあるだけプラスに作用していくものなので、何も考えず、ただただひたすらに積み重ねていっています。もちろん使い方次第ではマイナスになることもあるかと思いますが、それは使い方が間違っているだけなので、そこを矯正すればいいだけの話なのです。クオリティの高いプラグイン(ツール)を積極的に導入する、なんかも環境面の話にはなりますが、これに該当するのかなと。
ほかにある変化といえば、制作における感性の変化などがあるかと思います。これに関しては、技術・知識と比べてかなり慎重かつ長時間にわたってじわりじわりと変化をするように意識しておりまして、他作品からの影響とか、人からの影響等々があったとしても、それをこのプロジェクトに落とし込むまでにかなりのフィルターを通したうえで反映させるようにしています。(そもそも作品を作るのにも時間が掛かるので、プロジェクトの性質上良くも悪くもここは避けられない部分ではありますが…)
そんな変遷をしていく中で、蓄積したものや変化が一番大きく表に出たのは、『ロストピア』を発表したときかなと個人的には思っています。そして、この作品を皮切りにこのプロジェクトはさらに変化していっているように思います。
今現在においてですが、時計塔プロジェクトの"変化"を象徴する作品を選ぶとしたら、間違いなくこの楽曲なのかなと。
Unityを始めたり、シンプルに楽曲制作のスキルも上がっていったなかで出来上がったこの作品は、培ってきたものが結晶のように合わさって出来上がったような感覚がありまして、発足時のウェンディシンドロームのような存在感が個人的にはあります。
とか言いつつ…初めて合成音声を使った『恋するエコー』やコンセプトを明確に打ち出して制作した『青春はポップソーダ』等々、なんだかんだ作品を出すたびに変化を昇華させたものを発表しているような気も…。
僕自身は変わりたくないけど、新しいことはしたいという妙な精神性でこのプロジェクトは成り立っています。
とはいえ、常に良い変化をし続けることは難しい。そもそも、"変化すること"そのものが良くない結果を生むこともあります。
そう考えると、時計塔プロジェクトにおいて"作品の位置づけや方向性"は変化させてはいけないのかなと思います。元々このプロジェクトのターゲットは僕自身で、僕が感動できるものという意思のもと制作しているので、ここが変わってしまうとプロジェクトの根幹が変わってしまうことになります。なので、変えてはいけない…というより、そもそも変えることが難しい要素になっていますね。
それに付随して言えることは、作品自体を指針としているこのプロジェクト自体も、きっと変わらずそこにありつづけるのかなと思っています。どんな時代になっても、変わらず時計塔プロジェクトの作品があり続けられるように、上手に変化して、上手に変化せずやっていけたらという想いです。
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最後に、いったい何が時計塔プロジェクトにとっての正しい変化なのかと考えたときに、最終的に誰のために、何のために変化をするのかという理由をしっかりと持っておくことが大切なのだと思いました。
自分が楽をしたいがためにする変化は、大抵ほかの人が変化によって不足したものを補填していたするものです。そういったことがない変化こそ、本来するべき変化で、様々なものが好転する正しい変化なのだと思います。もちろん、効率化や業務を圧縮することは大切なのですが、それを口実に甘えたりは決してしないよう、僕自身肝に銘じて変化をしていければなと思います。
そんなわけで、今回のところは終わろうと思います。来週は『秒針は夢をみる』のお話と、報われない才能の昇華について話をする予定です。ではまた。